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 アイコン 獄誕おまけ小説

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それから約30分後――。



俺達は極寺くんの家までの道のりを

ふたり並んで歩いていた。

先程コンビニに寄って、コーヒー豆と1リットルの牛乳とコーラを買った。

それと、スナック菓子を少しだけ。

獄寺くんに「いつものヤツ(獄寺くんが手作りしてくれるはちみつ入りの甘いラテ)を作ってほしいなぁ」

って言ったら、「最近全く家に帰っていなかったので、豆も牛乳も切らしてるんですよ…」

と、済まなそうな返事が返ってきて、急きょコンビニでそれっぽいものを揃えることになった。


彼の手には母さんの作ってくれた弁当が、

俺の手にはさっき買ったコンビニの袋が握られていて、

すっかり暗くなった路地には、ほとんど人気は見受けられない。


秋の澄んだ空に淡い光を放つ、まあるい月の出ている夜だった。

視界の先は薄白い光に照らされてぼんやりと明るく、

ふと見上げると、彼のきれいな輪郭がやわらかな光を受けて、ほのかに浮かび上がって見えた。

なめらかな曲線を描く銀色のまつげの上では、ちいさな光の粒がちかちかと光りながら踊っている。

月の白と、彼を包む銀色と、闇色の空気がまじり合って、とても神秘的な夜だった。


そんな彼の姿を、ツナは気づかれないようにそっと見上げる。


いつもよりもすこしだけ、距離を縮めて歩くふたりの足元には、

おぼろげな輪郭を描いた影がふたつ、まるで手を繋いだかのように

仲良く寄り添い合って歩いていた。







しばらくして獄寺くんの家に着くと、

「じゅうだいめ、いまコーヒー淹れて来ますから、そちらでちょっと待っていてくださいね」

彼はリビングに俺を促して、奥にあるキッチンへと消えていった。

その背中を視線で見送りながら、俺はラグにバッグを下ろすと、

やわらかなスプリングのソファーにゆっくりと身を沈ませた。



ひと月ぶりの獄寺くんの家。

シンプルな家具で統一された、自分の部屋とは正反対のあまり物の無い、片付いた室内。

少しひんやりとした空気を纏ったそこは、タバコと香水の香りが染み込んでいて、

静かに彼の存在を主張していた。


いつでも騒がしい我が家とは正反対の環境。

奥のキッチンからは、心地良い、コーヒーを淹れている音が響く。


きょろきょろと室内を見回していると、いつの間にか、淹れ立てのコーヒーを持って

彼がこちらへと戻ってきていた。

「なにか珍しいものでもありましたか?」

目と首を落ち着きなく動かす俺を見て、彼はくすくすと小さく笑いながら

白い湯気の立つ熱いカップを供してくれた。

そして何かに悩むようにしばらく逡巡してから、俺の隣へ、ゆっくりと腰を落ち着けた。



自分用に作られた甘いドリンクを小さく礼を言って受け取った俺は、

泡立つ表面を少しだけすすってみた。

「あ、…おいしい」

やわらかくてあまい味。

いつもとおんなじ、やさしい味がした。

泡に隠れたその下を、ふーふーしながら飲んでいると、彼の顔が俺を覗き込んできて、

「いつもと豆が違ったんで、うまく出来たか心配だったんですが…、

気に入って頂けたみたいで嬉しいです」

あからさまにホッとした顔で、とろけるような視線を寄こしてきて、

俺はうっかりカップを取り落としそうになって慌てたけれど、そんな俺の動揺には気づく気配も無く

優しい色の瞳を向けたまま、

「――でも、次来てくださる時までには、ちゃんといつものを買い揃えておきますね――!」

と、いつもより幾分控え目な、子供のような笑顔を向けてくれるのだった。







それから俺たちは持参してきた料理とラ・ナミモリーヌのケーキを皿によそって、

小さなバースディパーティを始めた。

目の前にはろうそくが一本ずつ乗った、ふた切れ分のショートケーキ。

暗くなった室内には、ろうそくに灯されたオレンジ色の炎が、ゆらゆらと影を創って揺れていた。

「じゅうだいめ、お誕生日おめでとうございます!

――俺が一番乗りッスね!」

ちいさな明かりだけの室内で、時計の針を数えていた彼は、

俺に向かって得意げに笑ってみせるのだった。



時刻は現在、14日の0時00分。



「……ありがとう」


そんな彼に、静かに笑みを浮かべながら微笑み返せば、

ほんの一瞬、うすい碧色がかすかに見張られたように感じられたが、

それはすぐに元通りの笑顔に変わって、優しい彼の気配をすぐそばに感じながら、

俺はいきおいよく、その灯りを吹き消したんだ――。







灯りの消えた室内。

窓から差し込んでくる、微かな月の光に照らされて、

俺たちの体は、闇の中に白く浮かび上がって見えた。


静かな、ふたりだけの空間。

目に映るのは、彼の姿と、彼をとりまく空間だけ。

耳に聞こえるのは、静かに呼吸するお互い息づかいと、なぜかうるさい心臓の音。

ふたりのあいだを遮るものは、いまは何も無かった。


ふたたび彼に視線を向ければ、影の落ちた碧色に捕らえられて、

俺は身動きすら出来なくなる。


「―――ごくでらくん…?」


いつもと異なる彼の気配に、小さく名前を呼んでみたけれど、

それは微かに余韻を残しただけで、すぐに空気に溶けて消えてしまった。



ガタガタっと、風が窓をふるわせた。

すこし雲が出てきたようだ。

さっきまで月明かりで明るかった室内は、時折真っ暗な闇に包まれるようになった。

なにも見えない空間に、ガラスを一枚隔てた外から、高い風の音が響いた。

無意識にも体を震わせてしまった俺は、目の前にあった服の裾を掴むと、

それをぎゅうっと握り込んだ。

………すると、その手の甲に温かな手がゆっくりと重なってきて、

俺の冷えた指を、すべてすっぽりと包んでしまった。

やさしい指が、閉じられた指のあいだをゆっくりと撫でてゆく。

そしてほんの一瞬、暗闇の中で視線が合った、と感じた瞬間、

彼の優しい声音に、俺は体を包まれていた…。



「―――じゅうだいめ、俺もう覚悟を決めますね……。

夕方お約束したことを、今からお話しします。

……でも、実際のこと言うと、ほんとはすげー怖いんです。

俺の胸の内をあかしたら、あなたはどうなってしまうんだろうって。

それを考えるのが怖くて、都合のいい理由つけて、ずっと逃げてました。

あなたが俺を心配して、並盛じゅうを走り回ってくださっていた間も、

――俺は自分のことしか考えてないような、最低男だったんです…!」


指先に、ぎゅっと力がこもる。

俺はこわばったその手をやさしく握り返して、ただ静かに、次の言葉を待った。


わずかな間、雲が晴れて、月明かりが部屋に差し込んできた。

そして、不安そうに揺れる、碧色の双眸が現れる。


「……あの日、いまからちょうど一週間ほど前。リボーンさんが俺をたずねていらしたんです…。

その時俺は、ひとり山ごもり、っつーんですかね…、毎晩野宿をしてたんです。

あなたにお会いする勇気も無くて、ずっとひとりで、バカなことばっかり考えて、

何をするわけでもなく、毎日が過ぎるのを、…ただ眺めていたんです」

そう話す彼の表情は、まるで懺悔をするかのように眉が寄せられ、

とても痛々しくツナの瞳に映った。

「――そうしたら…、リボーンさんはそんな俺をご覧になって、

『ツナがお前をさがしてるぞ』、『夜も眠らずに、毎晩お前を探してる』、

『いったいお前はどうするべきなんだろうな』――と、おっしゃったんです」

虚空を行き来する瞳が、過去の情景を映して揺れている。

「すみません、じゅうだいめには本当に心配をお掛けしてしまって……、

俺は右腕失格ですね」

ほんの一瞬、歪んだ笑みがツナへと向けられたが、それはすぐに消え去った。


「……それでも、俺には頭を冷やす時間が必要だったんだと思います。

それをリボーンさんは分かってくださって、俺に時間をくださったんだと思います。

…本来でしたら、俺のしたことは許されることではありませんから………。

ずいぶんと時間が掛かってしまいましたが、俺はやっと気付けたんです。

もし、あなたに嫌われてしまっても…、蔑まれて、俺のすべてを拒絶されてしまっても、

俺はあなたにこの気持を伝えて、………もし許されるのであれば、あなたのお側で生きて行きたいと、

そう思ったんです」

そう話した彼の瞳からは、いつの間にか迷いが消えていた。

おもむろにジャケットに手を突っ込むと、きらりと光る、小さな「なにか」を取りだした。

「―――お誕生日おめでとうございます、じゅうだいめ。

いま俺があなたに差し上げられるだけの、精いっぱいの愛をあなたに贈ります――。 

ずっと前から、……おそらくあなたに出会ったその時から、

俺はあなたに心を奪われていました。

…………俺はあなたが好きです、…じゅうだいめ。

どうか俺の気持ちを、受け取ってくださいますか……?」



「―――――!?」



ひと呼吸置いて、ツナの顔が途端に熱く、赤く染まった。

彼は自分のものよりひとまわり小さな手を取ると、その銀色に輝くものを、左手の薬指にするりと嵌めてしまった。

「―――ちょっと大きかったですかね…。

本当は中指でもいいんですけど、これは俺のわがままです。

どうか今だけ、許してくださいね――」

そうささやいて、体を硬直させてしまったツナを、やさしくゆっくりと抱きしめた。

「―――じゅうだいめ、俺は何も望んではいません。

返事もいりません。

指輪も、嫌でしたら捨ててください。

……ただ、もし許されるのであれば……、このまま、あなたそばに侍ることを、

許していただきたいんです。

……俺はきっと、あなたを失ってしまったら、生きてゆけないだろうから………」

暗闇の中で聞く彼の声音は、ただひたすらやさしかった。

そして、ただひたすらに、儚く悲しいものだった。

「じゅうだいめ……、ごめんなさい。ごめんなさい……」

言葉とは裏腹に、自分を強く抱きしめて離さない彼の懺悔を聞きながら、

ツナは無意識のうちに、彼の背中をきゅっとやさしくかき抱いていた。


「――? …じゅうだい、め……?」


「――……そんなこと、言わなくていいんだよ…?、ごくでらくん。

……俺、うれしかったよ…?

君が俺のもとに、戻ってきてくれて嬉しかった…。君が前みたいに笑ってくれて嬉しかった。

君に好きだって言ってもらえて、嬉しかった。

……指輪も、すごくうれしかったよ……?

――だからさ、もうすこしだけ時間をちょうだい?

俺、ちゃんと考えるから。ちゃんと君に返事を返すから、いなくなるなんて言わないで……。

あんなにさびしい想いをするの、俺もういやだからね……?」


――獄寺くんの背中は、思っていたよりも細かった。

ずっとしなやかで、猫みたいだな、なんて思った。

こんな細い体に、こんな重い秘密を抱えていたなんて、俺は全然知らなかった…。

ずっとずっと、ひとりで苦しんでいたんだよね……。


俺はもう、君を失うのは嫌なんだ。

俺、ちゃんと考えるから…。

今までよりもっとしっかりするから……。

だからどうか、そんなに悲しそうな顔をしないで………!



俺を抱きしめる彼の腕は、小刻みに震えていた。

彼がちからを込めると、それは俺の身体を伝って、深い深いところにある俺の心を揺さぶった。



「――――じゅうだいめ…、ありがとうございます……。

俺はどんなことがあっても、もうあなたのそばを、絶対に離れません………!」



いつの間にか、嵐は過ぎ去って行ってしまった。

きれいな月明かりの下で見る、彼の涙はきれいだった。

とても、とてもきれいだった。





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